スピリチャルが否定されてしまう理由について

今回は

スピリチャルが否定されてしまう理由について

話していきます。

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スピリチャル→精神性の追求
→キリスト教用語で霊的、霊魂に関すること
宗教的、精神的な物事、神、精霊、霊、魂、等を意味する。
→全てに共通する事は目に見えないという事。
ただ、目に見えないからと言って否定される材料にはなりません。
何故ならこの世には目に見えない物が存在しているからです。
空気は目に見えますか?→見えません。ただ存在はしています。
言葉は目に見えますか?→見えません。ただ存在はしています。
心は目に見えますか?→見えません。ただ存在はしています。
こんな風にこの世には目に見えない物が明らかに存在しています。
ただ、存在しているということを私たちが
認識できているかどうか?の問題です。
じゃあスピリチャルが否定されてしまう理由は何か?
→それは目に見えない世界に偏った考え方になっているから。
この世は目に見える世界(物質世界)と
目に見えない世界(精神世界)の2つの存在があります。
本来ならばこの2つをしっかりと認識する必要があります。
物質世界ばかりにとらわれてしまうと目に見えない物の大切さを忘れ
精神世界ばかりにとらわれてしまうと目に見える物の大切さを忘れます。
例えば

【精神世界ばかりを信じている場合】仏教では空観。
・何かを信じていれば自分は救われる。→物質世界で何もしない→収入が得られない。
→食べることができない。→結果死が待っている。

【物質世界ばかりを信じている場合】仏教では仮観。
・物はあればあっただけ良い。金はあればあっただけ良い。領土は広ければ広い方が良い
→精神性の追求をしない。→自分の物欲が全て→人の物を奪おうとする→戦争につながる。
どちらに偏り過ぎていてもうまくいかないようになっています。
スピリチャルが否定されてしまう理由は
目に見えない物が全てだ。という風な偏った見方を相手に認識された時。
(もちろん、相手も同じ認識であれば問題ないが物質世界ばかりを信じている人からは特に否定される。
精神世界、物質世界の両方に重要性を持っている人であれば話はできる。)
結論
スピリチャル(精神性の追求)、物質世界の追求の2つを認識し
2つ共に重要性を持って生きることが出来ればよりよくなる。

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