欲を認める

こんにちは。ロキです。

今回は
欲を認める
という音声を撮りましたので是非最後までご覧ください。

—ここからが文章—

欲を認める


欲を認めると聞くと
なんだか悪い気がするような
感覚ってないですかね?

例えばある人が
高級車を買ったという話を聞いたとしたら
「あの人は欲深そうだな。」
という風に感じたりとか


お金持ちになりたいっていう人の言葉を聞くと
「お金がすべてじゃないよね。」
という風に言ったりとか


他人の欲望を目の当たりにしたときに
素直に「いいね!」って言えない感覚無いですか?
他人の欲望に対してネガティブな印象を受けるというか
そんな感覚ってないですかね。


他人の欲を認めるできないという事は
自分の欲を認めることができない。
という事に繋がるんですね。

何でですか?って言ったら
ある事に対して自分が認められない事なのに相手だけ認めるという事は出来ないからです。
逆に言えば相手を認められないのであれば自分も認められない。という事なんですね。

相手は自分の鏡なんですよ。
果たして欲を持つことはいけない事なんでしょうか


答えはNOです。


少なくとも夢や目標を叶えるという観点においては
欲を認めるという事は絶対に必要なんですね。。


何でですか?って言ったら
欲というのは何かを欲しいと思う気持ちの事ですよね。


夢とか目標を叶えるということは
何か欲しかったものを手に入れる。
つまり欲を叶えるということですから
まず、自分の欲を認める事から始まるんですよ。


で、欲が無いって事はやる気も出ないんですよ。
やる気っていうのは現状にあるんじゃなくて
夢とか目標の方にあるんですね。


今やっている作業がつまらないからやる気が出ないんじゃないんですよ。
叶えたい欲望が無いから
もしくは本当は自分が心から叶えたいと思っていない事を
夢とか目標にしてしまっているから
今やっている事もつまらなく感じるんですね。
やる気が出なくなったりするんですよ。

作業そのものは同じような事をやっているわけですから
作業そのものに対するやる気というのは
段々無くなっていくんですよ。
当たり前ですよね?
時間と共に慣れるからですよ。


じゃあどうやってそのやる気のなくなってしまった事を
続けていくんですか?って言ったら
ちゃんと夢、願望があるかどうかですよね。


叶えたい夢、願望がしっかりあれば
普通なら慣れてしまってやる気のなくなってしまった作業も
「よし、やるか。」という気持ちにさせてくれるわけなんですよ。


甲子園を目指している野球少年が
なんで辛い練習に耐えられるんですか?
って言ったら甲子園に行きたいという夢が、欲があるからですよね。

何の欲もないのに毎日毎日腕立てとか腹筋とか
厳しい練習に耐えられると思いますか?って事なんですよ。


そんな厳しい練習なんて
普通耐えられないですよね。
耐える理由が無いんですよ。

目的、こうなりたい。という欲があるから
普通ならつまらないなと感じたり
厳しいなと感じる作業もやり通す事が
出来るようになるんですよね。

で、最近の人達は欲が無いという人が多いんですよね。
恐らく欲というのを限定的に考えているんですよね。

欲って言ったら物の事を言っている人が
多いと思うんですよ。


「私物欲ないんですよね。」という人結構周りにいませんか?

でも、欲っていうのは物欲だけじゃあありませんよね?
色々な欲があるんですよ。


例えば
今までだったら食べる物を値段を重視して選んでいたけど
まだ食べた事のないおいしい料理を
価格は関係なく食べてみたい。とか

旅行だってまだ国内しか行った事無いから
海外にも行ってみたい。とか

飛行機に乗るときだって考えれば見つかりますよね?
いつもエコノミークラスで窮屈な思いをしているから
ビジネスとかファーストクラスを体験してみたい。とか

いやいや
自分はエコノミーで十分ですよ。と思ったかもしれないですけど
じゃあ、エコノミーと同じ値段でファーストクラスに乗れますよって言われて
いや、自分はエコノミーがいいんで、結構です。
っていう人いますかね?
よほど頑固な人じゃない限りはファーストクラスの方がいいじゃないですか。
自分の心に素直になって聞いてみてください。

これが答えなんですよ。

ぱっと話しただけでもこれだけ出てくるわけですから
ちゃんと自分の欲と向き合えば数えきれないほどあるんですよ。
ちゃんと向き合おうとしていないだけなんですね。


こんなのは氷山の一角で
やってみた事が無い事、体験したことが無い事なんて
沢山、山の様にあるんですよ。

だから欲が無いんです。って言っている人達は
欲って言うのを物欲限定で考えている可能性があります。

「自分は本当は何が欲しいんだろう。」
「自分の夢とか願望ってどんなものなんだろう。」

という風に真剣に真剣に自分の欲と
向き合った事が無いとこういう事ですよね。


夢とか目標を失っちゃって
心が枯れちゃってるんですよ。


そういう場合っていうのは
心を癒すことが必要になってくるんですね。


枯れた心に新しい水を与えて
生き生きとした状態に戻す必要があるんですよ。


そうして色々な可能性を見れるようになる事が最優先なんですね。

「あ、自分はこんな事を欲しがっていたんだな。」
「ああなりたいな。こうなりたいな。」と思えるような
状態に戻してあげる必要があるんですね。

人はもともと欲望っていうのは持っているんですよ。
生まれながらにして欲を持って生まれたんですね。


じゃあ、何で
生まれ持った欲があるはずなのに
無いという人が多くなってしまったのか?と言うと
道徳教育が原因ですよね。


義務教育の中で道徳って学びましたよね?
その中で自分の欲は抑えて周りと仲良くしなさい。とか
とにかく煩悩を押さえつけるような教育を
受けてきたんですね。


当然、そういった教育を受けた大人たちからも
同じような事を言われ続けているわけですから
当たり前のように欲を持つことはいけない事なんだ。
という刷り込みが入るわけですよ。


それが成功とか、目標達成において
一番邪魔な考え方になるという事なんですね。
欲を押さえつけるとか、消し去るということ自体
間違えなんですね。

道徳教育において一番得するのは
管理する側の人間なんですね。

国で言えば管理するのは国で管理されるのは国民ですよね。
学校で言えば管理するのは先生で、管理されるのは生徒なんですよ。


こういう感じでトップの人間がそれ以下の人間を管理するのに
最も都合よくできているのが道徳教育なんですよ。

極論、いい子になりなさい。というのが道徳教育なんですね。


「人に迷惑かけちゃいけません。」
「やりたい事をやってはいけません。」
「周りの事を考えなさい。」

こんな事ばっかり教えられてきたはずなんですよ。

確かに道徳教育によっていい子は生まれるんですよ。
日本人は世界的に見ても
優しい民族として有名じゃないですか。
それはそれで素晴らしい側面なんですよ。

ただ、いい子だけでは夢や願望を叶えることはできないんです。

そもそもいい子に育つために捨ててきた事があるんですよ。
それは自分の欲に素直になる事ですよね。
周りに気を遣う事を教えられてきた代わりに
自分の本当にやりたいことを考えたり
実際にやってみるという事は徹底的に
押さえつけられてきたんですよ。


欲を抑えつけられて
上の人の言う事を聞きなさい。
いい子になりなさいっていうのが
学校とか小さいころに植え付けられてきた
教育ですよね。

でも、これじゃあ夢とか願望を叶えることはできないんです。

だからと言って

悪い子になりなさい。という事を言っているんじゃなくて
夢や願望を叶えたいと思うなら
これからは自分の欲に素直になる必要があるんですよ。って事なんですね。

今まで散々周りの事を考えるだけ考えてきたんだから
もし、自分の夢とか願望を本当に叶えたいんだったら
これからは自分の欲としっかり向き合っていく必要があるんですよ。


欲望は押さえつけられてきました。
それなのに今更やる気をだしなさい。って言っても無理ですよね。

人間はそんな簡単じゃないんですよ。


静かにしなさいって言って教育されて
おしとやかに育った子に
今からやる気をだしてお笑い芸人みたいな面白い事を
やってって言っても出来ないんですよ。


ダメダメダメって言われてきたのであれば
何をやってもダメだって思っちゃうんですよね。


で、こういう教育をしていて一番得するのは
先生とか指導者の立場の人なんですよ。

何故ですか?って言ったらいい子の方が管理しやすいからですよね。
下の人は上の人の言う事をききなさい。って教育すれば
上の人は下の人を管理するのが楽じゃないですか。


しかし、こういう風な教育をされた人は欲望を押さえつけられていますから
中々自分の本当にやりたい事を見つけられないし
夢や願望を叶えていく事自体が難しくなっちゃうんですね。

支配管理しやすい人を作り上げて
自分で夢願望を叶えていこうとする人は
どんどん潰してしまっているんですよ。

自分で夢とか目標を描いて、どんどん成り上がっていくような事は
社会に出ても中々教えてもらえないんですね。
それどころか、あれしたらダメ、これしたらダメ
みんなと同じがいいんだよ。周りを気にしなきゃダメだよ。っていうのが
日本の教育なんですね。


社会に出ても同じですよ。
小さいころからそういう教育をされてきた人達ばかりですから
出る杭は打たれるなんて言葉があるわけですよね。


吐出した能力を発揮したり
周りよりもすごい結果を出すと
足を引っ張る様な事を言われたりするんですね。
全部教育の問題なんですよ。


だから
自分自身の可能性を開いてくれて
あなたならできますよって言ってくれるような人は
中々いないんですね。


逆にあなたならできますよ。っていうのを
教えてくれる人をメンターっていうんですよね。

人間は一旦思い込んでしまったものを
ひっくり返すのは大変な事なんですよね。


だから
欲を抑えなさいって言われてきたのに
いきなり夢願望を叶える為に
やる気を出せって言っても無理なんですよ。


まずは
自分の欲と向き合って
「あ、自分はこんなことしたかったんだな。」
ということに気づくところからなんですよね。

僕のコーチングではこういう問題も
解決するようにしていっているんですよ。


そもそも教育によって
押さえつけられてきた感情を回復させるところから
スタートしているんですね。


それをやらないと先に進まないんですね。
話をまとめると


ゴールとか夢が無ければ
人は自分から何もやる気にはなりません。
やらされている。という感覚で
仕事も、勉強も何の目的もなく
ただめんどくさがりながらするだけになります。


しかし
夢やゴールがしっかりと定まれば
例え作業自体が面白くなかったとしても
その作業をやる動機があるから頑張れます。

ただ、
今の現代人は道徳教育によって
自分の欲と向き合う事すらしていない人が殆どです。


独特教育によっていい子は育ちますが
自立して夢を叶えていく思考は奪われていきます。


道徳教育によって得をするのは
管理する人間です。
自分の可能性を広げてくれて
自分の力で成り上がっていく方法を
教えてくれる人なんて殆どいません。


管理する人間は管理しやすくなり
管理される人間は管理されやすくなります。


管理される人間が自分で思考し
自立していく事自体が難しい事です。


何故なら管理されることに慣れてしまっているから。
何かを指示命令されることに慣れてしまって
自分で考え、判断する事が苦手だからです。


こういう教育で育ったから
元々持っている欲を抑えられてしまって
本当に何がしたいのか。何を手に入れたいのかが
分からなくなってしまっています。

じゃあどうすれば夢願望を叶える事ができるのか?
最初は自分の心を癒し、欲を感じるところからです。
周りの意見とか周りの事は気にせず
本当に自分は何が欲しかったのか?
どんな夢や目標があるのかに気づく必要があります。


本当に自分の夢や目標が見つかった時
作業自体はつまらない物だったとしても
夢や目標がそのつまらない作業を
やる気関係なく続けさせてくれるようになります。


そういう可能性を教えてくれて
自分の欲しい物ややりたい事を一緒に見つけてくれたり
応援してくれる人をメンターと言います。
とにかく欲を認める。


日本に生まれて、日本で道徳教育を受けた以上
夢願望を叶えたいという思いがあるのであれば
まずは自分の欲を認める事から初めて見て下さい。


それが出来るようになったら
あなたは夢願望を叶えるスタートラインに
たったも同然です。というのが今回の話になります。


最後までご覧いただきありがとうございました。
感謝いたします。

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